Vol.122 2011ワクワク楽しい経営日記パート15 ~武藤物語 (守破離)~
今回は、泣けるお話し。
いつも、お世話になっております、映像で日本を元気にする、
(株)ブロックスさんが取材のため、
2010年5月31日私たちの医院にお越しになりました。
取材の目的は、以前私たちの医院で勤務していた武藤先生について。
何でも、武藤先生の成長物語(?)を題材とした映像を、製作するのだという。
過去、勤務医であった武藤先生(たった1年半でしたが)について、語ってみたいと思います。
実は、武藤先生は、私たちの医院で初めての新卒採用ドクターなのです。
それまでは、私たちの医院の噂を聞いて集まった(自慢しすぎ)、中途採用ドクターのみでした。
新卒といっても、大学で経済を学び、一部上場企業に就職したエリート。
しかし、会社での上下関係に悩み、また、将来の不安を感じ、
3年間の勤務後、一大決心をして退職。
父の職業である、歯科医師を目指すことに。
それだけでも、やはり武藤先生はただ者ではないと実感しています。
その後、私と同じ母校である岡山大学を卒業、ヨリタ歯科クリニックに入職。
私と彼が、初めて出会います。働き初めての彼の第一印象、それは“寡黙”。
スマイル アンド コミュニケーションを、最も大切にしている私たちにとって、
少し異色の、大型新人(彼の身長は180㎝を越えています)だったのです。
ただ今思えば、その時は新卒ドクター。
目の前のことに一生懸命、一心不乱、一球入魂。
その姿が、そのように映ったのでしょう。そして一年、彼に大きな転機が訪れます。
現在、武藤先生が院長であるゆめはんな歯科クリニック登美ヶ丘を
オープンしないかというオファーが、私たちにあったのです。
突然の話であったため、多くの勤務医の先生はためらい、決断することができませんでした。
只一人、武藤先生を除いて。
その時の彼には、チャンスがあれば、少しでも早く独立したいという
熱い思いがあったのです。
そして、その思いをメンバー全員の前で熱く語ったのです。
この内容は、武藤先生のブログの中で紹介された“父へ”をここで紹介します。
父へ(一部抜粋)
2007年1月31日、私の尊敬する父、孟がこの世を去りました。
父は大阪の四ツ橋で開業をしている、歯科医師でした。
無口で、あまり社交的とはいえず、昔気質の職人肌の歯科医師でした。
でも、手先が器用で、患者様からの信頼も厚かったようです。
私は小さい頃から、そんな父の姿を見て育ちました。だから、高校を卒業すると、当然、歯科大へ。
現在に至る・・・という訳にはいきませんでした。
親の仕事をそのまま継ぐなんて、自分の意志がないじゃあないか。
親の敷いたレールに乗っかるなんて、ごめんだ。
ちっぽけな反抗心からか、そう思っていました。
そして一部上場の建築関係の企業に就職。
何となく受かったから入社した会社では、ゼネコン相手に建材を売る、営業職に就いていました。
ゼネコンの怖そうなおじさんに、安くしろ、納期を縮めろ、と無理難題を押し付けられ、
やっとの思いでそれを実現すると、当たり前のような顔をされる。
社内では、仕事を取ってこなかったら怒られる。
取ってきたら取ってきたで、何でそんなに安い仕事を取ってきた、と怒られる。
そんな生活が3年続いた頃
『こんな生活、一生続けるのだろうか?』という疑問が頭に浮かびました。
もやもやした毎日。
ふと、父の姿が頭に過りました。
噛めるようになった、と涙を流して喜ぶ患者様。
これだ!!
私は今まで、考えてみたこともなかった、歯科医師、という職業を
急激に意識するようになりました。
そうなると、もう止まりません。4年近く続けてきた仕事を辞めて、
もう一度、大学受験をすることに不安がなかったと言えば嘘になります。
でも、それをかき消すような強い想いがありました。
一年の浪人生活を経て、岡山大学に入学をすることができました。
父は自分の歯科医院を何とか、私に残してくれようとしていました。
しかし、20年以上に渡って人工透析を続けながら
仕事を続けてきた体は私の在学中についに、悲鳴を上げました。
父はテナント契約の医院を、閉院せざるを得ませんでした。
大学は問題なく卒業。国家試験にも無事、合格。
東大阪市花園にあるヨリタ歯科クリニックへの勤務を経て、
ゆめはんな歯科クリニックを開設。
オープン直後、父は杖を突いてこの、
ゆめはんな歯科クリニックを見に来てくれました。
それから、半年、父は帰らぬ人となりました。
父の足許にも及ばぬ私。
父とは全然、違うタイプの歯科医師である私。
でも、天国にいる父に胸を張って見せることのできる仕事をしよう、
そう思って診療に臨んでいます。
ということで、彼は今、独立開業。
多くの患者様に信頼され、多くのメンバーに、愛されています。
その紆余屈折が、物語になるのです。
私が武藤先生に学んだこと、それは、自分の道は、自分で切り開く。
チャンスは、自分の力でつかみ取る。
決してあきらめない、限界を決めない。その3点。
開業当初、彼はヨリタ歯科クリニックで学んだことを忠実に守り、まずは、基礎固めをしました。
少し余裕が出来てくると、多くの勉強会に参加し、自分らしさや、自分しかない強みを磨きました。
そう、オリジナリティすなわち、ゆめはんならしさを出しているのです。
殻を破ろうとしています。
そしていつか、新しいステージへ飛び立ち離れるのでしょう。
能の世界で言えば、「守破離」。
今はまだ夢の途中、通過点にすぎません。
武藤物語は、今後も続いていくのです。
人には全てその人独自の物語、ストーリーがあります。
誰にも、大きな出会いや転機があります。
私たちとの関わりが、その人の物語の重要な位置付けになれば、
こんなに、幸せなことはありません。
今回の学び 大切な出会いや大きな転機を経験することで、メンバー一人一人が輝きます。