パートナー医院の紹介

ゆめはんな歯科クリニック 登美ヶ丘

URL http://www.yume-hanna.jp/
住所 〒630-0115
奈良県生駒市鹿畑町 3027
イオン奈良登美ヶ丘ショッピングセンター1F
電話番号 TEL:0743-71-4182 / FAX:0743-71-1300
診療内容 一般歯科・小児歯科・予防歯科・マタニティー歯科・矯正歯科・審美歯科・口腔外科・インプラント歯科
診療時間 日・祝
午前の部
9:30-13:00
午後の部
14:30-19:00
14:30-
17:30

※第1・第3木曜日のみ午前診療となります。

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アクセス

電車でご来院の場合
近鉄けいはんな線学研奈良登美ヶ丘駅南口すぐ
イオン奈良登美ヶ丘ショッピングセンター1F
駐輪場をご利用の場合
イオン奈良登美ヶ丘ショッピングセンターの1F駐車場の南側にございます。
駐車場をご利用の場合
イオン奈良登美ヶ丘ショッピングセンターの駐車場をご利用ください。
 

ゆめはんな歯科クリニック登美ヶ丘への思い

私たちはたくさんの思いを胸に、クリニックを開設します。
そんな思いを、健康で笑顔でありたいと願う皆様に、知って頂きたいと思っています。

ゆめはんな歯科クリニック登美ヶ丘への思い

けいはんな線が開通し、その終着駅である学研奈良登美ヶ丘の駅ができました。
また、登美ヶ丘地区は以前より
関西でも有数の住宅地であり、文教地区でもあります。
そのため、おのずと健康への意識の高い方々
お住まいになっています。 

お近くにお住まいの皆様のお口の健康維持増進に、
少しでも寄与出来ればと思い、
この地に、歯科医院を開設することを決めました。

新駅、学研奈良登美ヶ丘と共に、新規開院する
ゆめはんな歯科クリニック登美ヶ丘も
日々成長していきたいと思っています。

地下鉄中央線、近鉄東大阪線、近鉄けいはんな新線
この沿線には、けいはんなの学研都市、東大阪のものづくりゾーン
大阪市のビジネスゾーン、そして大阪ベイエリアの商業ゾーンがあります。 

その全てを結ぶのが、ゆめはんな
8000名を越えるの公募から生まれた名称です。
ゆめはんなは文字通り、それぞれの地域に関わる多くの人の夢
すなわち未来への期待感が、託されています。

そして私たちも、夢と希望あふれるワクワク楽しい歯科医院
あなたと共に、作りたいと思っています。
ただ単に、むし歯や歯周病を治療するのではなく、
その先にあるもの

  • でも、美味しく食べることが出来て、毎日が楽しくなった
  • 生活が豊かになった
  • 自然と笑顔がでるようになった

そんな、夢あふれるステキなあなたになってほしい。

そして私たちの願いは、
「こんな医院に出会いたかった」
「これからもずっと通いたい」
「もっと早く知りたかった」


こんなお声を、来院する患者様や、ここで働くチームメンバー、
そして取引先の皆様
から聞きたいと思っています。

みんなの願いが叶う、ゆめはんな歯科クリニック登美ヶ丘でありたいと強く願っています。

メッセージ

みなさまへ

ワクワク楽しい歯科医院”という他の歯科医院にはない、
大胆な発想に惹かれて、めでたくその一員となった
ゆめはんな歯科クリニック登美ヶ丘院長武藤です。
よろしくお願いします。

ゆめはんな歯科クリニック登美ヶ丘に重低音ボイスが響けば、
それはきっと私です。
でも恐い人じゃあないので、気軽に話しかけて下さいね。
体は大きいけれど、実はすごく子供好き
カムカムクラブのみんなとも、早くお友達になりたいですね。

ゆめはんな歯科クリニックのスタッフと、力を合わせて、
皆様に愛されるワクワク楽しいゆめはんな歯科クリニック登美ヶ丘を
さらにパワーアップさせます!

パートナードクター
からのメッセージ

こんにちは。武藤です。

まず、最初に私のこれまでの経歴をお話ししたいと思います。

私の父は、大阪市の四ツ橋で開業をしている歯科医師でした。
当然の流れで、高校を卒業した私は、大学の歯学部へ・・・と言う訳にはいきませんでした。

親に対する反抗心もあったのでしょうか、親の職業にそのまま就く、
親の敷いたレールに何の疑問も持たずに乗っていく、ということに物凄い抵抗がありました。

高校の頃、あまり真面目な生徒ではなく、学校もさぼりがち。
勉強も下から数えると5本の指に入るほど、
悲惨な状態だったことも関係していたのかもしれません。

一年の浪人生活を経て、関西学院大学に入学。
しかも、歯学部とは正反対、文系の法学部でした。
4年間、楽しいだけの大学生活を過ごし、
法律的な知識も全く身に付けなかった私は、一般の建築関係のメーカーに就職しました。

そこで、ゼネコンの偉そうなおじさん相手に、建材を売る営業職をすることになります。
納期を縮めろ、安くしろと散々、無理難題を投げかけられ、やっとの思いでやり遂げると、
ありがとうの一言もなく、当然のような顔をされる。
社内では、上司に、何でそんな安い値で取ってきたんだ?と怒られる。
そんな毎日でした。

それでも、最初の内はやる気を持って、たくさん仕事を取ってこようと一生懸命でした。

そんな毎日を過ごしながら、3年程経った頃ふと、このまま一生、
この仕事を続けていくのだろうか?
本当にこの仕事に、やりがいを感じているのだろうか、
という疑問が、私の心の中に芽生えてきました。
小さな疑問
は日に日に大きくなっていきました。

もっと、
人に喜ばれるような仕事
をしたい。
人に感謝してもらえるような仕事をしたい。
もやもやとした気持ちで毎日を過ごしている時に、父の姿が頭に浮かびました。

義歯を作った患者様に、噛めるようになった、と涙を流して喜ばれている姿

広島に引っ越した後も、歯の治療は父でないと、
新幹線でわざわざ通院される患者様

ちょっと怖そうなお兄さんも、父の前では頭を下げて、
ありがとうございました、と言っていました。

身近にあったけど、あまり気にしていなかった
歯科医師という職業を、急に意識するようになりました。

人に喜んでもらえる、父のような歯科医師になりたい!!

そう思い出したら、もう止まりません。

仕事を辞め、10歳も年下の予備校生に混じって受験勉強を始めました。
正に背水の陣、後がないので必死です。
1年後には、めでたく岡山大学歯学部に入学することができました。

今度の学生生活は、勉強も頑張りました。
目的を持つと人は変わります。

大学に入った私には、新たな目標ができました。

周りの学生は自分より、10も年下
つまり、私は現役で大学に入った人より10年遅れている。
それならば、10年先輩をライバルと思おう
10年先輩の中に入っても、負けないような歯科医師になろう。

5年間の大学生活を過ごし、いよいよ進路を決める6年目
同級生は皆、大学で研修医をしようか?大学院に行こうか?
それとも、どこかの開業医に勤めようか?
大いに迷っていました。

しかし、私には、全く迷いがありませんでした

10年先輩に負けないためには、大学に残って、のんびりとしている暇など無い。
開業医で、自分の技術と医院の経営を学ぶ
あとは、どこの医院に勤めるかです。

そんな時、開業医とはどういうものか、
大学に話しに来てくれた寄田先生を知ることになります。
大阪出身で大阪に戻って歯科医師として働きたい、と思っていた私はすぐに、
寄田先生に見学を申し込みました。

見学に行った私は、ヨリタ歯科クリニックで衝撃を受けることになりました。
歯科医院なのに、ワクワク楽しい?何だ、それは?
医院内に入ると、受付から立ち上がって挨拶をしてくれる。
医院の中に入っても、スタッフが次々と笑顔で挨拶に来てくれる。
こんな、見学に来ただけの、学生の私に。

今まで、大学病院しか見たことの無かった私にとって、開業医とはこんなものなのか?
と非常に驚いたのを、今でも鮮明に思い出します。
ここなら、歯科医師としての技術だけでなく、もっと大切な何かを学べる
そう思っている時に、寄田先生のダメ押しの一言がきました。

2年で開業しませんか?
何を言い出すのか?と思いながらも、10年先を目指す私としては、断るはずもありません。
やりたいです!

寄田先生も少し驚いた、だけど少し嬉しそうな表情で、
そうですか。』と言ってくれました。
まさか、そんな、とんでもない提案に乗ってくる人などいないと思ったのでしょうね。

そんな訳で、ヨリタ歯科クリニックに勤務することが、あれよあれよという間に決まりました。
同級生では、一番最初に就職先が決まりました

幸先のよいスタートです。

ヨリタ歯科クリニックでは、厳しくも愛情を持って
歯科医師として、人として鍛えられました。
歯科医師として、少しは自信が付いてきた頃、
ゆめはんな歯科クリニック開設の話が持ち上がりました。
その開設者の候補として、私の名前も挙がったのです。

これには、さすがの私も驚きました。
歯科医師として、少しは自信が付いてきた、とは言っても慣れてきた、と言う程度のものです。
そして、開設の予定は、私が歯科医師となってから、僅かに1年と4ヶ月

しかし、10年先を目指す私です。

自らもやりたい、というアピールをしました。

その結果、歯科医師になって、
1年4ヶ月でゆめはんな歯科クリニック登美ヶ丘を開設することとなったのです。
勿論、同級生では、最短です。最初は冗談だろ?と思っていた2年で開業、
それが、もっと短い1年4ヶ月で現実のものとなったのです。

この時、寄田先生の、『やる』と言ったら、必ずやり遂げる
強い意志をもつことの大切さを学びました。

開設者は私になったもののさすがに、一つの医院をいきなり切り盛りするのは、まだ早い、
ということで、ヨリタ歯科クリニックでの先輩、永井先生が院長私が副院長、という形で、
ゆめはんな歯科クリニック登美ヶ丘はスタートすることとなりました。

副院長とはいえ、たくさんの先輩や同期のいた、ヨリタ歯科クリニック時代とは、
責任感もプレッシャーも違います。
患者様が思ったように来ない、といっては悩み、スタッフが定着しない
といっては、頭を抱え、
同時に歯科医師としては2年目、治療で悩むこともたくさんあります。

無我夢中で目の前のことをこなしていきました。
一人でも患者様を増やしたいから、朝誰よりも早く来て、朝一の電話も逃さない
そんな毎日が続きました。

休みは週に一度、休診日の木曜日のみ
でも、サラリーマン時代に感じていた、しんどさはありませんでした。
うまくいかなくて辛いことは、勿論あります。

しかし、進む方向は決まっていました。
そして、辛いとき程、それを乗り越えた時の喜びも大きい。
責任やプレッシャーが大きい程、
喜びも大きい、ということを知りました。

そして、歯科医師として3年目がスタートする、
2007年の4月1日、丸2年で、
ついにゆめはんな歯科クリニックの院長となることができました。
開設者になる時点では、半信半疑だった私は、
やると言ったら必ずやり遂げる寄田先生を見て、
3年目から院長になる、と自分の中で強く決めていました。

強い意志を持つと、夢というのは実現するということを実感した瞬間でした。
勿論、院長となったからには、これまでにない責任とプレッシャーが掛かってきます。

しかし、それを乗り越えたときの喜びは副院長の時に味わっています。
辛いことも辛くなくなってきます。やってやろうじゃないか、という気持ちです。

今のゆめはんな歯科クリニック登美ヶ丘にも、問題はあります。
しかし、問題というのは、常にあるもの。逆に、何の問題も無い、
といって満足してしまうと、
成長は止まってしまいます。
それに、問題を乗り越えていく自信も付いています。

まだ、院長となって半年足らずの私ですが、
院長となって、通常の勤務医をしていると、到底学べないような、
計り知れないほどのことを、学んだと思います。

10年先を目指して、がむしゃらに突っ走ってきた私ですが、
10年先、というのは今の私には、あまり意味のないものになってきています。

人がどうか、ということが、あまり気にならなくなってきたのです。
自分がどうなりたいか、ということが一番重要で、強い意志を持っていれば、
チャンスは自ずとやってくる、と思っています。

10年先を気にしていた時から、一つ上のステージに上がった、という気がします。
そして、それはゆめはんな歯科クリニック登美ヶ丘院長という大役を経験して、
初めて上がることのできたステージだと思います。

今の私は、スタッフが本当に楽しんでやりがいを持って
仕事のできるゆめはんな歯科クリニック登美ヶ丘、
自然と笑顔が溢れ、患者様も来ただけで幸せな気分になれるゆめはんな歯科クリニック、
そんなゆめはんな歯科クリニックの
スーパー院長を目指しています。

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